明治時代の熊本を知る、ガイドブック「明治の熊本」

急ピッチで動き出した復興  徳富蘇峰は水俣の惣庄屋 徳富一敬(横井小楠の一番弟子)の長男で、明治から昭和期にかけ て活躍した大ジャーナリストです。明治8(1875)年、熊本洋学校へ入学。明治9(1876)年には 熊本で一大事件となった花岡山祈祷会に参加。洋学校閉鎖後、東京英学校を経て、新島襄を頼 り同志社へ入学しました。明治15(1882)年に熊本市大江の自宅で父徳富一敬と私塾「大江義 塾」を開きました。その門下生には宮崎滔天らがいました。当時蘇峰が書いた著書「将来之日本」 は全国的に評価を受けました。また、翌、明治20(1887)年に月刊誌「国民之友」を主宰し、森鴎 外の「舞姫」などを掲載し、明治の文壇をリードしました。明治23(1890)年には「国民新聞」を 発刊するなど、明治の文壇やマスコミ界に大きな影響を与えました。  熊本市大江の自宅跡は「徳富記念園」内にあります。水俣市には徳富蘇峰・蘆花生家、蘇峰 記念館があります。 明治の大ジャーナリスト徳富蘇峰が開いた大江義塾 熊本に来て最初に住んだ家。日本の心をこよな く愛していた小泉八雲は家に神棚を設け、毎朝 神棚に拍手を打って礼拝し、人力車で学校に 通っていました。 ■ 熊本市中央区安政町2-6 小泉八雲熊本旧居 熊本大学裏手にある小峯墓地(おみねぼち)に ひっそりと立っています。鼻がかけていることか らそう呼ばれていて、五高教師だった八雲は、 授業の合い間によくここを訪れたそうです。 ■ 熊本市中央区黒髪4丁目 鼻かけ地蔵 八雲著「夏の日の夢」の舞台となった旅館で す。平成5(1993)年に写真を元に復元され ました。現在は、休憩スペースやイベント等の 開催に使われています。 ■ 宇城市三角町三角浦(三角西港公園内) 三角西港 浦島屋 夏目漱石が熊本にきた際に降り立った駅(当時 は池田駅)。小泉八雲の「停車場にて」のお話 は、この場所で起こった出来事です。近くには 夏目漱石の銅像があります。 ■ 熊本市西区上熊本2-18-1 上熊本駅 関連スポット 関連スポット 徳富兄弟関係の遺品や著書などを多数展示し ています。庭には、蘇峰の師である新島襄がア メリカ土産に贈ったカタルパの種の2世・3世が そびえ、毎年5月中旬には上品な真白い花を 咲かせます。  ■ 熊本市中央区大江4-10-33 徳富記念園 ※記念館のみ開館 徳富蘇峰・蘆花が生まれ幼少の一時期を過ごし た旧徳富家の由緒ある建物。ここでは、お月見 会や蘇峰記念碑めぐりなど、徳富兄弟にまつわ る様々なイベントが開催されています。 ■ 水俣市浜町2-6-5 徳富蘇峰・蘆花生家 水俣市立蘇峰記念館 蘇峰が27歳で発刊した国民新聞や、出世作であ り明治のベストセラーとなった「将来之日本」等、 徳富兄弟の蔵書や遺品など約2,000点が収蔵・公 開されています。庭には、新島襄から送られたカタ ルパの木があります。  ■ 水俣市陣内1-1-1  「耳なし芳一」や「雪女」など名作を残した小泉八雲は、明治24(1891)年 11月、第五高等中学校の英語教師として島根の松江中学校から赴任し、およそ 3年間熊本で暮らしました。池田駅(現上熊本駅)で実際に起こった出来事を 元にして書かれた「停車場にて」や旅行で三角西港にある浦島屋に立ち寄った 際、浦島伝説の由来をめぐる論考と絡めた名作「夏の日の夢」を誕生させるな ど、熊本で過ごした日々は小泉八雲の作品にもにじみ出ています。 小話 其 の 七 小泉八雲(ラフカディオハーン)と熊本 小泉八雲 みやざきとうてん 17 16

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