明治時代の熊本を知る、ガイドブック「明治の熊本」

横井小楠の高弟である竹崎律 次郎(茶堂)に嫁ぐ。その後、託麻 郡本山村(現熊本市中央区本山 町)に「日新堂」という私塾を開 き後進の指導にあたる。明治22 (1889)年「熊本女学校」を創設。多くの人材 を世に送り出した。 横井小楠の高弟で明治3(1870) 年の肥後藩政改革の中心人物、 徳富一敬(淇水)に嫁ぐ。近代日本 の言論人徳富蘇峰、小説家徳冨 蘆花兄弟の母として厳格な家庭 教育を実践。女子教育のための学校設立案を 提唱し、姉 順子の女子教育、妹 楫子の日本基督 教婦人矯風会活動を積極的に支えた。 安政3(1856)年26歳の時、横 井小楠に嫁ぎ、明治維新への大 業参加を支えた。長男の時雄は 同志社大学第3代総長となる。 長女・みや子は同志社女学校設 立に貢献し、同志社大学第8代総長海老名弾正 の妻となる。 明治19(1886)年、「日本基督教 婦人矯風会」を設立し、初代会頭 に就任。元老院への「一夫一婦 制」の建白書提出をはじめとし、婦 人参政権・廃娼・禁酒運動等に尽 力した。大正10(1921)年、89歳の高齢でワシン トン平和会議に出席し、その功績を讃えられハー ディング米大統領より記念の花器を贈られる。 四賢婦人記念館 ※閉館中 荒尾市にある万田坑は、明治30(1897)年から 35(1902)年にかけて作られた第一竪坑と、 明治31(1898)年から41(1908)年にかけ て作られた第二竪坑とからなる三池炭鉱の総 力を挙げて整備された、国内最大規模の竪坑 です。「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、 造船、石炭産業」の構成資産として世界文化遺 産に登録されています。  ■ 荒尾市原万田200-2 万田坑 明治の三大築港のひとつであり、その中でも当時の ままの姿で現存する貴重な港です。明治20(1887) 年に完成した三角西港は、全長756mの埠頭沿い には倉庫や洋風、和風の建物が並び、ヨーロッパを 思わせる街並みが広がる近代的な港湾都市の様相 でした。「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造 船、石炭産業」の構成資産として世界文化遺産に 登録されています。  ■ 宇城市三角町三角浦 三角西港 﨑津集落 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成 資産のひとつとして世界文化遺産に登録されていま す。集落の中に建つ「﨑津教会」は、明治21(1888) 年に建てられました。現在の建物は昭和9(1934) 年、フランス人宣教師のハルブ神父のときに再建され たものです。「海の天主堂」とも呼ばれ、教会の中が 畳敷きであることが特徴です。 ※教会は祈りの場です、 マナーを守って見学してください  ■ 天草市河浦町﨑津 関連スポット 関連スポット 矢嶋家・四賢婦人の功績を発信する施設。平成28年熊 本地震で被災して現在は閉館中です。平成31(2019) 年4月開館に向けて工事が進められています。矢嶋家 がかつて所在していた杉堂地区の「潮井自然公園」内 へ建てられる予定です。  大きく揺れ動く明治の熊本。そんな時代で強く生き抜いた魅力溢れる女性たちがいました。益城町 杉堂にあった矢嶋家は惣庄屋の家で豪農でした。横井小楠との関係が深く、長男・直方をはじめ、矢嶋 家姉妹の配偶者らも門下生として小楠に師事していました。当時の矢嶋家は子だくさんでそれも女子 が多く、肥後藩政改革の中心人物、徳富一敬や横井小楠の妻となるなど、明治の熊本に足跡を遺した 人物たちを側で支え、また自分たちも新しい女性の生き方を実践しました。  小話 其 の 八 矢嶋家の女性たち 竹崎 順子 (三女) 横井つせ子 (五女) 徳富 久子 (四女) 矢嶋 楫子 (六女) 熊本の明治遺産 急ピッチで動き出した復興  激動の時代を経て、大きく発展していく熊本。当時の建物や明治を偲ばせる遺産が県内各地 に残っています。世界遺産にも登録されていて、全国的にも注目を集めています。 たけざき りつ じ ろう さ どう き すい かじ こ きょうふうかい なおかた や じま とき お し けん ふ じん 四賢婦人記念館イメージ図(益城町教育委員会) ※1 ※3 ※2 ※4 ※1 開新高等学校所蔵 ※2 熊本市所蔵 ※3 横井和子氏所蔵・熊本大学附属図書館寄託 ※4 女子学院所蔵 21 20

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