明治時代の熊本を知る、ガイドブック「明治の熊本」

関連スポット ~明治の文豪が遺した遺産~ 草枕交流館 夏目漱石の小説「草枕」をはじめ、作品の背景 となった前田家の建物や人々にまつわる展示 がされていて、その繋がりを紹介する映像も見 ることができます。  ■ 玉名市天水町小天735-1 夏目漱石内坪井旧居 漱石が5番目に住んだ家。漱石は熊本にいた4 年3ヶ月の間に6回も転居しました。その中で最 も長い1年8ヶ月をここで暮らしました。この家 で長女筆子(ふでこ)が誕生しました。 ※閉館中、 庭園のみ公開  ■ 熊本市中央区内坪井町4-22 前田家別邸 漱石が正月旅行で訪れ、ここで数日間過ごしま した。「離れの六畳間」と「浴槽」が保存公開さ れています。「草枕」の舞台になりました。 ■ 玉名市天水町小天766-3 大観峰 阿蘇くじゅう国立公園にある、阿蘇五岳やカル デラが一望できる展望スポット。古くは「遠見ヶ 鼻(とおみがはな)と呼ばれていましたが、徳富 蘇峰がここからの絶景に感動して、「大観峰」と 名づけたといわれています。周囲には広大な草 原が広がります。 ■ 阿蘇市山田 宮崎兄弟の生家 / 宮崎兄弟資料館 関連スポット 宮崎兄弟の一人宮崎滔天は革命家で、兄たちとともに、全アジアの独立解放と自由平等の実 現を夢見て、全財産を投げうち、孫文(1866~1925 中国革命の指導者)らを支援し続けまし た。一度は革命支援に失敗しますが、その後浪曲師となって革命思想の普及に尽力しました。 その時出版した自伝「三十三年の夢」は中国語にも訳され、革命家・孫文の名を日本と中国 に知らしめることとなりました。それはやがて、1911年の辛亥革命の成功にも繋がりました。 小話 其 の 九 宮崎滔天(宮崎兄弟)  関連スポット 明治から昭和前期まで活躍した歌人 北原白秋。その母の実家が南関町にあり、白秋はそ こで生まれたとされています。南関町を第二のふるさととして愛していた白秋の歌碑が南 関町に残っています。 北原白秋 大津山阿蘇神社 健磐龍命(たけいわたつのみこと)を祀っている 神社。境内には、白秋が南関訪問の際、大津山 阿蘇神社で清遊した折によんだ歌の碑が建っ ています。「大津山ここのお宮の見わたしを族 (うから)がものと我等すずむ」 ※阿蘇開拓の神 ■ 南関町大字関東958 下田温泉 明治40(1907)年、北原白秋をはじめ、与謝野 鉄幹(よさのてっかん)ら、5人の青年たちは九州 旅の様子を紀行文「五足の靴」で書いていま す。下田温泉には、「下田温泉五足の湯」と名づ けられた足湯があり、近くには「五足の靴文学遊 歩道」があります。 ■ 天草市天草町下田北1310-3 草千里ヶ浜 阿蘇五岳のひとつ、烏帽子岳の北麓に広がる大 草原。多くの観光客で賑わいます。夏目漱石の 小説「二百十日」の舞台は阿蘇で、漱石の実体 験をもとに書かれた作品とされています。漱石 は内牧温泉に宿泊し、阿蘇神社を参拝、阿蘇中 岳登山を試みたそうですが、悪天候のため途中 で断念したとされています。 ■ 阿蘇市・南阿蘇村 夏目漱石第3旧居 夏目漱石が熊本で住んだ3番目の家。漱石はこ の家から同僚の山川信次郎(やまかわしんじろ う)とともに「草枕」の旅へ出かけました。かつて は大江にありましたが、現在は水前寺に移築さ れています。  ■ 熊本市中央区水前寺公園21-16 みや ざき とう てん きた はら はくしゅう 宮崎兄弟たちが生まれ育った生家は今も当時の姿の まま残り、大切に保存されています。伝統的な日本家 屋と、彼らがいた頃から植えられている植物が今も 残る庭園を見学することができます。同じ敷地内に は宮崎兄弟資料館があり、日本近代化という激動の 時代や、理想の国を追い求めた宮崎兄弟の軌跡を学 ぶことができます。  ■ 荒尾市荒尾949-1 ※ 小話 其 の 十 おお つ やま あ そ じんじゃ しんがい 23 22

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